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「構想」第六号 2004.3.23


小宵


 カレンダーをめくれば何が来る。
 カレンダーをめくれば春が来る。
  カレンダーをめくれば春が逝く。
  カレンダーをめくれば夏が来る。
   カレンダーをめくれば夏が逝く。
   カレンダーをめくれば秋が来る。
    カレンダーをめくれば秋が逝く。
    カレンダーをめくれば冬が来る。
     カレンダーをめくれば冬が逝く。
     カレンダーをめくれば春が来る。
         カレンダーをめくれば春が逝く。
      カレンダーをめくれば夏が来る。
       カレンダーをめくれば夏が逝く。
       カレンダーをめくれば秋が来る。
        カレンダーをめくれば秋が逝く。
        カレンダーをめくれば冬が来る。
         カレンダーをめくれば冬が逝く。
         カレンダーをめくれば春が来る。
                   カレンダーをめくれば何が逝く。
                         
                         

-EPILOGUE-

例えば子どもの頃のわたしが恐れていたものは、過ぎてしまう時間であるよりも、過ごさなければならない強圧的な時間だったような気がします。
 気が遠くなるような繰り返しの時間の中で、来る筈もない未来のことを、絵に描かれた餅のように眺めて過ごす。

 それはさながら目の前に餌をぶら下げられながら、それが決して食べられないことを知っている動物のようでした。

 大人になるなんてことが、圧倒的な嘘であると、堅く信じていたあの頃のこと。

  それはきっと、わたしがこの世に生まれくる前の出来事。
 それはきっと、わたしがこの世に生まれくる前の思い出。


  これは、そんな夢の残滓たちの、密やかな集まり──。

 

-SPRING-


  桜がもう人には顧みられなくなった頃。
 暖かさが自明のものとして、ありがたがられることがなくなった頃。
 春と呼ぶにはやや気の重い、夏と呼ぶにはやや気の早い、そんな季節にわたしは歩くことを見つけた。
  そして、わたしは歩いた。
 幾日も、幾日も。 

 ──今日も、散歩?
 ──うん。

 そんな会話がいつしか日常に埋もれて、心に響かなくなっていた。歩くことを知った時の嬉しさは少しずつ、少しずつすり減っていく。

 特別に見えたその風景も、今日はいつもの散歩道。
 水たまりは傘でほじくりかえされて、泥の煙に覆われて。
 お日さまは恩着せがましく空の上から照りつけて。

 つまらない。つまらない。つまらない。

 見つけた時には、もうこれでわたしは大丈夫なのだと思った。
 これさえあれば、きっとうまく生きていける。下らない挨拶も、鬱陶しい会話も、面倒くさい学校も、きっと、きっと大丈夫。

 ──だって、わたしはこうして歩けるから。
 ──涙が出た。
 ──もうこれ以上何もいらないんだって、そう、思えた。

 ──勘違いだった。
  ──カンチガイデシタ。

 自分でも笑ってしまうくらいに、滑稽なほどにわたしは喜んで、嬉しくて、でもやっぱり駄目で。
 茫然として、諦めきれなくて、今日も歩いて、裏切られて、裏切って、今日も歩いて、やっぱり駄目で、信じたくて、信じられなくて、もうイヤで。

 もう、いやなんですけど、信じてくれますか?
 ──神様。

 

 

-SUMMER-

 蝉が鳴く。
 プールからあがった後に、目を洗わないといけないのは、そうしないと目が溶けてしまうからなんだって、お父さんがそう言った。

 プールに入ってる薬は、悪い菌をやっつける強い薬。だから、からだの中でもちょこっと弱い目の部分は、放っておくと、少しずつ、少しずつ、溶けてしまう。

 そんな話を、ずっと昔にお父さんがしていたから、だからわたしは、目を洗わなかった。

 薬の臭いのプールの残滓が、からだにまとわりついている夏の午後。気怠い重みがからだにあって、暑さも眠さもよせつけない。
 言葉のない教室に、かつんかつんというチョークの音だけが響いて、適当な重さをもった空気が、上からわたしを押さえつける。

 目のあたりに感じる鈍痛は、きっとプールで目を洗わなかったせいなんだとどきどきした。
 
 誰も知らないわたしの秘密。
 誰も触れないわたしの秘密。

 踊り出したいほどに喜ぶわたしは惨めで、情けなくて、つらくて、悲しくて、生きていて、わらえた。

 センチメンタルに踊るわたしを見てくれていたのは誰だったのだろう。
 情けない秘密に喜ぶわたしを見てくれていたのは誰だったのだろう。

 もう誰も見てくれない。
 そんなわたしの秘密は、どこに行ってしまったんだろう。

 

 

-AUTUMN-

 葉が墜ちる。
 さくり、という優しい音を立てて、枯れ葉ははぜる。
 わたしの足が枯れ葉を踏んで、茶色の断末魔は心地よく。
 リズミカルに砕ける枯れ葉のマーチに、悲しさと嬉しさが同居する。

 ──緑が、落ちてるだけなんだよ?
 ──え?
 ──紅葉。枯れ葉。
 ──あ……、うん、……そう、だね。

  緑から緑を引いて、残るのは赤。そして茶色。
 緑の色は生きている証。この世に謳歌する生命の詩。
 それがごっそり抜け落ちた、葉っぱの残骸は音を持つ。

 ──さくり。        ──さくり。
     ──さくり。            ──さくり。
      ──さくり。         ──さくり。


  楽しそうに、嬉しそうに、愉快そうに、
      弾みそうに、疾りそうに、転びそうに。

 どうしてそんなに楽しそうなんだろう。

 砕けてるのに。割れてるのに。踏まれてるのに。
 砕かれてるのに。
         割られてるのに。
                 踏みにじられてるのに。

 なんで、そんなに楽しそうに、できるんだろう。

 笑うような音を立ててはぜる葉っぱ。
 歌うような声をあげてはぜる葉っぱ。

 なんで、泣けないんだろう。
 なんで、啼けないんだろう。

 その声が出せるなら、わたしは生きていけるのに。
 生きていけると、信じることができそうなのに。

 ──どうして?
 ──どうして、信じさせてくれないんですか?
 ────。

 

 

-WINTER-

 風邪をひいた夜はからだの熱がわたしを焦がす。
 からだの奧からこみ上げる熱はわたしの命を燃やす炎。
 いつもは感じられない生命が噴き上げてくるそんな夜。

 生きているから。イヤだから。
 だから、わたしは、そんな熱を消してしまいたいと思います。
 熱いシャワーで、からだを燃やして、からだの中の熱なんて、なかったことに、なかったことにしたいです。
 
  肌に打ちつけてくるお湯の感覚に身を委ねると、熱の感覚はすぐに消えてゆく。
 皮膚に零れる熱の滴は、わたしの熱と混じり合い、違いも何も押し流し、後に残るのは唯の熱。

 お湯の感覚はやがて消えていく。
 打ちつけられる力も消えていく。
 肌の痛みも消えていく。
 何もかも消えていって、混じり合った熱だけが。
 
 熱だけが、わたしの存在。

 わたしは熱だから。
 熱は熱に触れても気付くことができないから。
 同じものには触れられない。
 わたしはわたしには触れられない。

 だから、わたしは何にも触れられない。

 

 

 

 

 

 

 ────外は冬です。

 

 

-PROLOGUE-

  例えばそんなことがあって、きっと生きていけないことが分かったとしても、でもわたしは生きていた。

 根っこのないわたしが、光から糧を得て、葉っぱから水をすすって、それでも生きてきたように。
 暦は圧倒的な嘘の中で、淡々と本音を言います。

 残酷なのは時間。
 優しいのは時間。

 神様が作った暦なら、
              もういらない。
             
              そう思っていたのに。

 許して貰えませんでした。
 だから時間は、
 きっと
 残酷なんだと、
                そう思っています。

 

 

 カレンダーをめくれば何になる。
 カレンダーをめくれば春になる。
  カレンダーをめくれば春に行く。
  カレンダーをめくれば夏になる。
   カレンダーをめくれば夏に逝く。
   カレンダーをめくれば秋になる。
    カレンダーをめくれば秋に往く。
    カレンダーをめくれば冬になる。
     カレンダーをめくれば冬に移く。
     カレンダーをめくれば春になる。
         カレンダーをめくれば春に征く。
      カレンダーをめくれば夏になる。
       カレンダーをめくれば夏に活く。
       カレンダーをめくれば秋が来る。
        カレンダーをめくれば秋に育く。
        カレンダーをめくれば冬になる。
         カレンダーをめくれば冬に生く。
         カレンダーをめくれば春になる。
                   カレンダーをめくれば何にいく。


──Calendar,Calendar.FIN.

 

 

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