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「構想」第六号 2004.3.23


東広島風俗探訪

難波博孝


その4 旧教育学部銅像の下の巻

 広島大学を離れて2年、もう訪れることはないだろうと思っていた。
 元同僚のTからメールが入った。大学に一緒に行って欲しい。どういうこと?
 噂を確かめたい。なんでいまさら。
 旧教育学部A棟とB棟の間に中庭があった。そこには、銅像がある。その下なんだそうだ。銅像の下で、夜な夜な饗宴が開かれていると。
 あの銅像の下で? 
 知っているかい、あの銅像は、ほうじょう・・・・・。
 
  西条駅から歩く。車でよく送ってもらったこの道を、初めて歩く。伸ばされたブールバールに車の数は少ない。歩いてみると大変なアップダウンなんだ。かなり疲れる。2号線のバイパスを超える。左手に鏡山公園。右手は? 移転したはずの幼稚園。いや、幼稚園を取り壊して移転させたはずの附属学校。その前を通り過ぎ、坂を登り、その頂上に来たとき。

 あ、見えた。あの煙突様のものが。シンボルマークのネオンはさすがに、ない。

 Tは先に着いていた。旧教育学部の玄関前。もうここからは入れないから、直接中庭に行く。
 銅像前。
 どうやって下に行くんだ。まさか、スイッチかなんかがあるんじゃないだろうな。
 スイッチはなかった。銅像は、動かされ、下に降りる階段が見えていた。
 銅像は、地面に丁寧にころがっていた。

 いらっしゃいませ。はじめてのかたですね。どなたかのご紹介で。
 いや、噂で聞いたもので。
 これは、これは、ありがとうございます。最近は宣伝もしていませんもので、ご常連様ばかりでございました。一見さんはもちろん大歓迎でございます。
 あの、どのようなシステムで・・・
 はい、わたしどもは、新手のハプニングパブでございます。何が起こるかそれは、お客様同士のコミュニケーションしだい。わたしどもは、お客様が気持ちよくハプニングに出会えますよう、精一杯勤めさせていただきます。
 じゃあ、ここにいるのは。
 はい。私のようなスーツを着ている者以外は、全て、お客様でございます。あと、お守りいただきたいことがございます。お客様は、男の方でいらっしゃいますので、基本的には、「見る」だけでございます。もし、カップルの方が「OK」をお出しになるなら、参加していただいて結構です。
 あ(笑)、もちろん、お客様どうしでお楽しみになるのは、いっこうかまいません。
 Tと? 人に見られるのもいいか。んな わけない!!
 カメラやビデオはご遠慮下さい。あと・・・ここでごらんになったことは、店外では決してお話しになりませんように。
・・・・もう、書いている。

 カウンターに二人で座った。周りを見ると。。普通だった。楽しそうにおしゃべりしている・・う〜ん暗くてよく見えないが・・多分。
 目が慣れてきた。壁には灯籠が明かり代わりにあるだけで(けれど数は多い。)薄暗くはあるが、灯籠の下で何をしているのか、だんだん見えてきた。
 あ、あそこは、なにしとんのお!!うわあ、これは、えげつなあー。
 キスなんか当たり前。頭がなぜか下の方に・・・・。

 ちがう。ちがうぞ。よく見てみろ。いちゃついているんじゃない。小突き合っているんだ。しかもだまったままで。 あたまとあたまで。あたまとむねで。むねとむねもいる。だまったままで つっつきあっている。
 二つの(三つもある)身体が小刻みに揺れるのが、まるで・・・なんだ。

 どういうことだ? なにをしているんだ、こいつらは。T、これは・・
 T?T? どこに行った?

 Tはいた。「カップル」に「参加」していた。いっしょになって、小突き合っていた。頭と頭で突っつき合っているカップルの横から、上半身と下半身をうまく使って、小突き合いに参加していた。
 楽しそうだった。楽しそうに、絡み合っていた。T以外の顔はよく見えない。けれど、Tの顔は・・・つらそうだった。

 ここにいるものたちは、みんな、みんな、小突き合っていた。悲しそうに。でも、灯籠の光の加減では、楽しそうにも見えて。

 でも、どこに、ハプニングが あるの?
 みんな、みんな、おんなじことやっているだけじゃない!!

 小突き合いの共振が、銅像の下の地面を揺らす。灯籠の光も一緒に揺れる。ゆらゆら、ゆらゆら、ゆらゆら。
 みんな、みんな、なかよく。でも、みんな、みんな、悲しそうで。

 ただ、ただ、眺めていた。この体は、揺れはしなかった。

 銅像の下から出た。
 夜は明けていた。朝の光に、人のいない旧広島大学の校舎は、静かに静かに朽ちていく姿を見せていた。ここは、賀茂郡西条町御薗宇に戻っていた。

 蜘蛛の子を散らすように、沈没船から人間が消えていった。広島県各地からこの地に持ち込まれた怨念は、行き場を失った。

 Tよ、君は噂を確かめたかったんじゃないね。怨念たちに会いに行きたかったんだね。
 取り残された怨念になりそこなっていたTは、銅像の下にとどまった。

 私は、歩くこともせず、タクシーを携帯電話で呼んで、旧広島大学を離れた。  


 タクシーがブールバールを戻り始めた。ここにはもうめったに来ないもので、お時間がかかりました。
 すみません、途中で止めてもらえますか。あ、ここで、すみません。

 移転したはずの附属学校前。いや、附属学校ではない。 「新広島大学」の看板が朝日にまぶしかった。資金を絶たれ、名誉も剥奪された者たちが、子ども達とともに学び合う場。
 子ども達が通い始めてきた。

 私は、差し入れのコピー用紙を玄関においた。

 タクシーが走り始めた。
 いつかは、Tを取り返しに来よう。それまで。。。
 いや、私は。

 タクシーは、広島空港に着いた。出発時刻には、間に合わなかった。

(旧教育学部銅像・・
http://home.hiroshima-u.ac.jp/forum/34-3/50.htmlにおられます。)

 

 

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