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「構想」第六号 2004.3.23


糸車の響きに寄せて

どんくん


幕が上がるとシルクとツムギを除く役者がスローモーションで舞台奥に何かを積んでいる。
ツムギは柱の周りで「紡いで」いる。

シルク:何を積んでいるんだい?
ツムギ:積んでいるんじゃない。紡いでいるんだ。
シルク:何を紡いでいるんだい?
ツムギ:意図を、未来を意図するその意図を紡いでいるんだ。
シルク:何のために紡いでいるんだい?
ツムギ:あの「火」を消すために。
シルク:「あの日」を消すために?
ツムギ:いや、あの「火」を消すために!

舞台奥の階段の上にノムギが現れる。
そこは製糸工場。

ノムギ:おい、コラ!お前ら、コラ!何をやっとんだ、コラ!働かんか、コラ!

女たち、忙しく袖から箱を持ってくると、それに腰掛けて紡ぎ始める。

ノムギ:えー、仕事しながらでいいから聞けってんだ、コラ!これが俺の一人息子のツムギだってんだ、コラ!跡取り息子だっってんだ、コラ!そういうわけで、仕事の見学させるのでよろしく。おい、ツムギ。よく見とけよ!これが製糸工場だ!
ツムギ:製糸工場?
ノムギ:そうだ。この(懐から巻いた糸を出す)糸を作る工場だ。
ツムギ:糸かぁ・・・
ノムギ:お前もよぉ、俺のよぉ、跡取りになるんだからよぉ、よく見とけよ、コラ!

ノムギ出て行く。
ツムギ、興味深そうな顔で舞台を駆け回る。

ツムギ:ねぇねぇ、どうやって糸を作るんだい?
ココン:まずはねぇ、蚕の作る繭を煮るんだよ。
ツムギ:繭?ねぇねぇねぇ繭を煮てどうするの?
リント:ほつれを解くのよ。
ツムギ:解く?ねぇねぇねぇねぇ、ほつれを解いてどうするの?
スピン:この棒で巻き取るのよ。
ツムギ:巻き取る?ねぇねぇねぇねぇねぇ、その棒で巻き取ってど・・・
シルク:その棒で?
ツムギ:あ、いや、その・・・その棒で糸を巻き取るあなたの名は?
シルク:シルク。

ツムギ、舞台前部に駆け出す。女工たちは紡ぎつづける。

ツムギ:ツミキ!ツミキ!
ツミキ:何だよ、うるせぇな。ここにいるっつうの。(舞台の下から顔を出す。)
ツムギ:お前、どこに隠れてんだよ。
ツミキ:うるせぇな、趣味だよ。
ツムギ:どういう趣味だよ。
ツミキ:モグラにあこがれる年頃だよ。
ツムギ:俺は別に憧れないぞ。
ツミキ:地中から見上げる青い空、白い雲、そして女の子。絶景だねぇ。
ツムギ:やかましい。(ピコピコハンマーでツミキの頭を叩く)
ツミキ:モグラ叩きじゃねぇっつうの。(下から出てくる)で、何の用?
ツムギ:あぁ、お前に聞きたいことあってさ。
ツミキ:何だよ、改まって。
ツムギ:なんか、不思議なことあってさ・・・
ツミキ:何だよ?不思議なことって?
ツムギ:それが・・・赤い実が弾けたんだ。
ツミキ:(間)は?
ツムギ:だから、赤い実が弾けたんだよ。
ツミキ:何の実?
ツムギ:わからない。
ツミキ:どこで?
ツムギ:(自分の胸を指し)ここで。
ツミキ:えー、ツムギさん、ツムギさん。ここは病院じゃないんでね。精神的に参ってるときには専門の医者にかかりましょう。Let’s go!(以下武富士の歌)
ツムギ:ちょっと待て。最後まで話を聞け。
ツミキ:無理です!なんか君の発言の一切合切が僕の理解の範囲外。守備範囲外。もう軽くK点越え!この不可思議さで僕空が飛べそうです!
ツムギ:落ち着いて!ツミキくん落ち着いて!とりあえずバナナ食べて!

ツムギ、バナナを出す。ツミキ、バナナを食べる。

ツミキ:あー、落ち着いたー。
ツムギ:えー、じゃ、そろそろ話してもいいかな?
ツミキ:どうぞ。
ツムギ:実は昨日初めて親父の工場に行ったんだ。
ツミキ:親父の工場って、あのセイシ工場ってやつか。
ツムギ:そう。
ツミキ:いきなりシモネタか。
ツムギ:はい?
ツミキ:あ、悪い悪い。高校演劇だったよね、これ。ふと忘れてたよね。はい、続けて。
ツムギ:ま、とにかく、その工場にいったんだ。バカ暑い夏の日に、親父に連れられて。バカみたいな大きさの煙突が突き出てた。古びた木造の工場はその重みで倒れちまうんじゃないかって思うくらいにでかいのが。しかもそんな煙突があるくせに工場内は蚕を煮るくせぇ臭いでいっぱいだった。糸を紡ぐ音は耳障りな騒音のように鳴りつづけていた。蒸し暑さも外の比じゃない。もういいや、出ようと思ったその時、俺はそこでシルクという女工を見つけたんだ。彼女の長い髪はまるで絹糸のようにさらさらと流れ、彼女の肌はまるで絹のようになめらかに光を反射していた。その絹の美しさに瞳を奪われた瞬間俺の心で赤い実が弾けた。
ツミキ:ツムギ、それは恋だ!
ツムギ:恋?
ツミキ:そう、恋だ。お前はその子に恋をしたんだよ。
ツムギ:恋ってなんだよ?
ツミキ:んなこともわかんねぇのか?よし、来い!

ツミキ、ツムギの手を引いて舞台奥へ走っていく
舞台中央では女工たちが紡いでいる。
ツミキ、ツムギ、それぞれ箱を拾って隠れるようにして女工を除いている。

ツムギ:何で覗き見?
ツミキ:黙ってついて来い!
ツムギ:いや、だって俺の親父の工場なんだから堂々と入ればいいじゃないか。
ツミキ:分って(笑)分って(笑)分ってないな。
ツムギ:うるせぇよ。
ツミキ:恋はいつだって覗き見だ。覗き見ながら「こっちに来ぉい」って思う。「こっちに来ぉい。いや、来ないで。うそ、やっぱり来て。来て。ってか来い!来い!こっち来―い!」その『来い』にひかれて覗き見の二人のEYEとEYEとがぶつかったらその時愛が始まる。どう?わかる?
ツムギ:お前の言うことは熱弁の割に全く意味がわからない。
ツミキ:かー、これだから子どもは・・・
ツムギ:お前も同い年やろが!(木箱を投げる)
ツミキ:バカ!静かにしろ!

ツミキ、ツムギの頭を抑える。二人、再び木箱に隠れる。

ツミキ:おい、ツムギ。あの女をよく見てみろ。どんな感じがする?
ツムギ:どうって言われても・・・
ツミキ:じゃ、あの女を見ろ?
ツムギ:あ、なんか少し心臓の鼓動が早くなった気がする。
ツミキ:じゃ、あの女は?
ツムギ:あ、なんか少し胸に汚物がせりあがってきた気がする。
ツミキ:同感だ。(二人木箱に吐く)じゃ、あの女は?
ツムギ:あ・・・
ツミキ:どうした?
ツムギ:わからない。言葉が胸に絡まって・・・息も苦しいし、顔も熱い。顔から火が出たみたいだ。心臓も狂った踊り子みたいに暴れまわってる。
ツミキ:それが恋の病だ!
ツムギ:え?
ツミキ:恋する男は誰しもそんな熱病みたいな病に冒されるものさ。
ツムギ:どうしたらいい?
ツミキ:まずは話し掛ける。そんでもって、お前の胸に絡まってるその言葉の糸をほどいて、彼女に差し出す。わかったか?
ツムギ:わからん。
ツミキ:よし行けー!

ツミキ、ツムギの背中を押す。階段から駆け下りるようにしてツムギ、シルクの側へ。

ツムギ:あ、やあ。
シルク:あら、お坊ちゃま。
ツムギ:お坊ちゃまなんて言わないでくれよ。これでもちゃんとツムギって名前があるんだ。
シルク:あら、ごめんなさい。みなさんがそう呼ばれるので、つい。
ツムギ:みなさん?他の女工が?
シルク:ええ、そうですわ。
ツムギ:俺は、昨日初めて工場に来たんだ。他の女工と話したことなんかないはずだけど。
シルク:いえ、社長がよくお坊ちゃまのお話をされるので、
ツムギ:ツ・ム・ギ
シルク:そうでしたね。ツムギさんのことを話されるので、私達の間でも話題になることがよくあるんです。
ツムギ:なんか悪い噂でもしてるんじゃないのか?出来そこないのお坊ちゃまだとか。
シルク:そんなことはございません。

真剣なシルクにツムギ、笑い出す。つられてシルクも笑う。

ツムギ:シルクって言ったよね。歳はいくつ?
シルク:あら、女性に歳をお尋ねになるなんて。
ツムギ:あ、ごめん。
シルク:冗談ですよ。16歳です。
ツムギ:なんだ、それじゃ俺と一緒だ。もっと年上かと思ってた。
シルク:そんなに老けて見えますか?
ツムギ:いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、あんまり大人びて見えたから・・・
シルク:あら、いけない。そろそろ、仕事に戻らないと。
ツムギ:悪かったな、せっかくの休憩時間を。
シルク:いえ、ツムギさんと話したんだって、みなさんへの自慢話ができますわ。では。

シルク、自分の席に戻り、紡ぎ始める。
入れ替わりにずっと覗いていたツミキが駆けてくる。

ツミキ:どうだった?
ツムギ:どうって?
ツミキ:だから、何の話をしたかってことだよ?
ツムギ:俺の名前の話をした。
ツミキ:それから?
ツムギ:歳の話をした。
ツミキ:バカ!このバカ!女に歳の話はタブー!もう歳の話だけは絶対だめ!まだこう、天気の話とかカブトムシの話とか、あと現代日本の不況を救うための経済対策の話とか、そういうののほうが全然いい!
ツムギ:いやいやいやいやいや、最後のなんかおかしいし!そういうのあったら、なんかもう今すぐ小泉首相とかに教えてあげたいし。ってか小泉首相ってだれだろう?お前知ってる?
ツミキ:知らねぇよ!(自然に)ってかちょっと集合。あのね、そういうお芝居の根底を揺るがすような質問をしない。俺も結構焦るからね。OK?
ツムギ:OK。
ツミキ:よし。じゃ、続きいきまーす。よーい、はい。(また芝居に戻って)バカ!お前は話の選び方からもう全然なっちゃいない!女ってのはそうじゃない!女にはさぁ「あれ、髪型変えた?えっ?いや、そんなことないって。チョー似合ってるって」もうこれ!これしかないの!
ツムギ:いや、でも、髪形変えてないしさ・・・
ツミキ:(聞いていない)女はいつもそうさ!「あ、お前、髪型変えた?」「あ、わかる。これどうかな?」「うーん。俺は前の方が好きだけど。」「うわぁ最悪」最悪ってなんだよ!じゃ聞くなよ!素直な感想だよ!次回に向けてのグッドアドバイスだよ!前向きに生かしていってよ!だってその髪変じゃん!そのアンテナは一体なんの電波を捉えようとそびえ立ってるわけ?なんのための電波ジャック?
ツムギ:落ち着いて!ツミキくん落ち着いて!とりあえずバナナ食べて!

ツムギ、バナナを出す。ツミキ、バナナを食べる。

ツミキ:あー、落ち着いた。
ツムギ:お前は一体どんな過去を秘めた16歳だよ。
ツミキ:とりあえず冷静になれ!今一度作戦会議だ!

ツミキ、ツムギを引っ張っていく。
舞台は製糸工場に。

ココン:ツムギ?あぁあの出来そこないのお坊ちゃまね。
リント:あぁ、あの出来そこない。
スピン:出来そこないかぁ。
シルク:そう、出来そこない。あ、いえいえいえ。そんなことはありませんよ。一体ツムギさんのどこが出来そこないだって言うんですか?
3 人:顔。
シルク:顔は、そりゃ、出来そこなってるかもしれません。目はなんか変なところについてるし、鼻はスライダーみたいな曲がり方してるし、口はこんなタラコ唇だし。
ココン:あんた結構ひどいこと言うねぇ。
シルク:だけど、だけど、ツムギさんは優しい方ですよ。みなさんはお話したことがないからご存知ないんです!
リント:そうよねぇ。シルクは坊ちゃんにぞっこんラブだもんね。
スピン:ぞっこんラブ?お前は何語を操っているのだ?
リント:最近毎日二人でお食事でしょ。うらやましいわ。今日もそろそろ来る頃じゃない?
ココン:ねぇ、シルク、もうちゅうはしたの?
シルク:え?
ココン:だからちゅうよ、ちゅう。
シルク:いえ、私たちそんなんじゃ・・・
リント:そんなんじゃない人と毎日一緒にご飯なんて食べないわよ。
シルク:だから、ほんとにそんなんじゃ・・・
リント:かわいいねぇ。むきになっちゃって。
ココン:じゃ、あんたはお坊ちゃまのことなんとも思ってないんだ。
シルク:私は・・・ツムギさんは、優しいし、素敵な方だと思いますけど・・・
リント:あぁ!はっきりしないね。好きなの?嫌いなの?好きなら右手を、嫌いなら左手を挙げなさい!
シルク:え、ちょっと・・・
リント:3、2、1、はい。

シルク、思わず右手を挙げる。

ココン:やっぱりねぇ。
シルク:でも、無理なんです。女工と社長の一人息子なんかが一緒になれるはずないんです。
スピン:シルク!あんたは凄い!立派だよ!あたしにゃもう無理だわ。こんなに純粋になれない。
リント:あんたは昔っから無理だよ。
スピン:何だって!
リント:純粋になる前に男との出会いがない。
ココン:あっても話す前に逃げられちまう。
スピン:かっちーん。今、触れてはいけない心の傷に触れた者が約2名。顔じゃ勝てなくても力なら負けないよ!オラ!そこに直れ!

ココン、リント、やられる。
ノムギ、入って来る。

ノムギ:おい、コラ!お前ら、コラ!何をやっとんだ、コラ!働かんか、コラ!

女たち、箱に腰掛けて紡ぎ始める。

ノムギ:全く。しっかり働いてもらわないと困るぞ、コラ!それでなくても大変な時期なんだ。頼むぞ、コラ!

ノムギ、はける。

リント:なんか、今日は一段と機嫌が悪かったわね。
シルク:何かあったのかしら?
リント:あんたとお坊ちゃまのことがばれたとか。
シルク:え!
リント:冗談よ、本気にしない。でもほんとなんか様子が変だねぇ。いつも変は変だけど、いつにもまして変だった。
スピン:ま、何にしろあたしら女工には関係のない話さ。
ココン:さ、仕事仕事。また社長にどやされないようにね。

ツムギとツミキが出てくる。

ツミキ:そろそろ飯の時間だろ。
ツムギ:あぁ。
ツミキ:いいか。今日こそはっきり言うんだ。女ってのは待たせてるとすぐ心がわりしちまう生き物だからよぉ。(泣く)
ツムギ:だからお前はどんな16歳だよ!
ツミキ:お、昼休みになったみたいだ。
ツムギ:え、もう?
ツミキ:よし、行けー!

ツミキ、背中を押す。ツムギ階段を駆け下りるようにしてシルクの側へ。

シルク:あ、ツムギさん。
ツムギ:や、やあ。
リント:あら、いけない。洗濯物干しっぱなしなの忘れてたわ。
ココン:あ、あたしも梅干干したまんまだわ。
スピン:あ、そういえばあたしもばあちゃん干したままだわ。

3人そそくさと去る。二人恥ずかしそうに残る。

ツムギ:食べよっか。

木箱が弁当箱代り。
二人言葉少なに食事をする。時折目を合わせたり。
食べ終わる。二人ほぼ同時。シルク、ツムギの頬についたご飯粒を、何気なくとって口に運ぶ。なんとなく気まずい間。

ツムギ:あ、あのさぁ。
シルク:はい!
ツムギ:あ、その・・・シルクの父さんって何してるの?
シルク:・・・父は5年前に死にました。後を追うように翌年母も。
ツムギ:ごめん。
シルク:いいんですよ。もう平気ですから。
ツムギ:俺も、かあさん死んだんだ。俺が5歳の時に、事故で。
シルク:そんなに小さな時に。辛かったでしょう。
ツムギ:泣いたなぁ、あの時は。泣いて泣いて、このまま俺のすべてが涙になって流れてしまうかと思った。でも、今はもう忘れたよ。
シルク:ツムギさんはそれを忘れたわけじゃないと思います。
ツムギ:どういうこと?
シルク:ツムギさんは優しいお方です。それはきっとその日を覚えていらっしゃるからだと思います。その日の悲しみもすべて覚えていらっしゃるからだと思います。悲しみを知っている人は、悲しみを生まないために、人に優しくなれるんだと、私そう思うんです。
ツムギ:そうかな?
シルク:きっとそうですよ。
ツムギ:そろそろ時間かな。(立つ。去りかける)あ、シルク。明日の夜、少しだけ一緒に話せるかな?大事な話があるんだ。
シルク:大事な話って?

女工たち帰ってくる。

ツムギ:あ、じゃあ、そういうことで。

ツムギ、奥の階段のところに行く。

ツミキ:どうだった?
ツムギ:明日にした。
ツミキ:また、そんなこと言って!待たせて泣きを見るのはお前の方なんだぞ!
ツムギ:あー!うるさい、うるさい!なんでお前は他人事なのにそんなに熱心なの。
ツミキ:バカ!他人事だから熱心なんだよ。
ツムギ:どんな友達だよ!
ツミキ:ま、明日も来るからさ、明日こそその胸に絡んだ言葉とやらを彼女に差し出すんだぞ!
ツムギ:うるせぇよ!

ツミキ、はける。
女工たち、はける。
ツムギ、舞台前部に移動。眠たそう。

ツムギ:寝よ。

暗くなる。
舞台前部の開閉部からノムギ現れる。

ノムギ:ツムギ、ちょっといいか?
ツムギ:どっから出てきたの、今?
ノムギ:そんなことはいいから、人の話を聞け。
ツムギ:大事な話?
ノムギ:あぁ。実は・・・実はな・・・父さんの会社、倒産しそうなんだ!
ツムギ:(間)えっ?
ノムギ:というわけですまんがこれから叔父さんのとこに行って金を借りてきてくれ。
ツムギ:まだ7時だよ。もう少し寝かせて。
ノムギ:頼むよ!もうだめなの!首が回らないの!もうこのままじゃ明日にもやばいの!倒産するの!
ツムギ:叔父さんだってそんな急にはお金なんて貸してくれないよ。
ノムギ:大丈夫、これを出せばすぐに貸してくれる。(懐からナイフを出す)
ツムギ:おーい!
ノムギ:冗談だ。叔父さんにはもう話を通してある。これを渡してくれればわかるから。(懐から手紙を出す)
ツムギ:・・・わかったよ。
ノムギ:行ってくれるか!
ツムギ:俺の相続する財産がなくなっちゃ困るからね。

ツムギ、ドアを開くパント。ノムギ、ハンカチを振って見送る。
ツムギ、ドアを閉めると舞台は街。多くの人々の姿。

ツムギ:今日も暑くなりそうだ。日が高くなる前に着けるかな。

ツムギ、はける。
少しの間。まばゆい光。光とともに一瞬停止後轟音とともに人々倒れる。積み上げられていた木箱の山が崩れ落ちる。カーテンが左右に行き来する。赤い光が舞台上に踊る。

ツミキ:街が、人が、目に映るすべてのものが燃えていた。さっきまでそこで笑ってた親父が、お袋が、朝食に食べた焼き魚みたいになって倒れてた。死んでるってことは一目でわかった。俺は駆け出した。燃え盛る街をツムギの家へ向けて。吸い込むその空気さえも灼熱の熱さで喉を焼いた。しかし、たどり着いたあいつの家には親父さんの死体があるだけだった。今度は工場へ走った。シルクのところへ行ったんじゃないかと思った。しかし、どこが工場だったのか、それすらもうわからない。なんとか工場だと思われる場所にたどり着いたが、そこには誰もいなかった。ツムギも死んだ。もう俺の周りからすべての人間が消えた。俺は両親を埋めるために我が家へ、それからツムギの親父さんを埋めるためにツムギの家へと向かった。呆然と見上げた空から雨が降っていた。黒い、黒い雨だった。

そこにツムギが駆け込んでくる。

ツムギ:ツミキ!
ツミキ:ツムギ!生きてたのか!怪我はないか?お前、どこに行ってたんだ。
ツムギ:(それには答えずに)おじさんとおばさんは?
ツミキ:(無言で首を振る)
ツムギ:そうか・・・
ツミキ:お前の親父さんは、今埋めたところだ。
ツムギ:親父・・・(はっとして)シルク?シルクは?

ツムギ、駆け出す。ツミキも後を追う。一度はける。奥の階段から再度出てくる。

ツムギ:シルク!シルク!
ツミキ:おい!ツムギ!そんなとこ探したって、もう誰もいねぇよ!

ツムギ、黒い糸を拾い上げる。

ツミキ:糸だけ焼け残ったのか。不思議なこともあるもんだな。
ツムギ:髪の毛だ。
ツミキ:焼け残った絹糸が黒い雨に打たれただけだ。
ツムギ:違う!これは髪だ!シルクの、シルクのあの絹のような髪だ。
ツミキ:おい!しっかりしろよ!
ツムギ:よく見てみろ。この色を、輝きを。シルクの髪そのものじゃないか。俺にはわかる。わかるんだ。(ふらふらと立ち上がる)紡がなきゃ。糸を紡がなきゃ。

ツムギ、崩れ落ちた箱を拾い上げ紡ぎ始める。

ツミキ:ツムギ!ツムギー!

ツムギ、黙々と紡ぎ続ける。

ツミキ:ツムギ・・・

ツミキ、悲しい表情を残して階段を上る。
振り返ると悲しみに暮れる人々の姿。

ツミキ:みんな、聞いてくれ。俺たちは、未曾有の災厄に襲われた。愛しい人も、愛した町並みも、すべてが、すべてのものが、あの一瞬で失われてしまった。誰もが、癒えることのない傷を心に抱え、深い悲しみに暮れている。だがしかし、俺たちは生き残った。地獄のような光景の中から、俺たちはどういうわけか、こうして生き残った。生きよう。生きていこう。もう一度、ここで、この街で。愛しい人の眠るこの場所に、愛した町並みのあったこの場所に、もう一度街を作ろう。新しい俺たちの街を、愛しい人たちの墓標にしよう。

ツミキ、一人で崩れ落ちた木箱を拾い上げ、積み始める。それにつられるように人々も一人、また一人とそれに加わる。

ツミキ:みんな・・・
ノムギ:積み上げろ!高く、高く積み上げろ!
ココン:どこまでも高く積み上げろ!
スピン:葬られることなく大地に溶けた人々の魂があの空へ上っていけるように。
リント:この積むという行為が生み出す旋風があの人々の魂を空へ運んでいけるように。

後ろでスローモーションで積む人々の前でツムギは紡いでいる。
ツミキ、ツムギの元へ駆け寄る。

ツミキ:どうだ、ツムギ。元気でやってるか?
ツムギ:・・・
ツミキ:ちゃんと食ってるのか?えらくやせちまったみたいだけど。
ツムギ:・・・
ツミキ:街の方はさ、少しづつだけど、街らしくなってきたよ。
ツムギ:・・・
ツミキ:ま、昔の街にはまだ全然及ばないんだけどさ。
ツムギ:・・・
ツミキ:お前もどうだ?一緒に街を積み上げていかないか?
ツムギ:・・・
ツミキ:何とか言えよ!お前はこのまま口を噤み、糸を紡いで一生を過ごしていく気か?
ツムギ:・・・
ツミキ:ツムギ・・・(昔の口調で)えー、ツムギさん、ツムギさん。ここは病院じゃないんでね。精神的に参ってるときには専門の医者にかかりましょう。Let’s go!(以下武富士の歌)無理です!なんか君の発言の一切合切が僕の理解の範囲外。守備範囲外。もう軽くK点越え!この不可思議さで僕空が飛べそうです!
ツムギ:・・・
ツミキ:バナナ、食いてぇなぁ・・・

ツミキ、泣き崩れる。

ノムギ:ツミキはどこ行った?
ココン:またツムギのところでしょ。
ノムギ:辛いだろうな。家族みんな亡くした上に、唯一生き残った幼馴染まであんなことになっちまって。
リント:でも偉いよ。そんな中で街の復興まで指揮をとってるんだから。
スピン:そうしなきゃ悲しみに押しつぶされてしまうんでしょうよ。
ノムギ:だろうな。
ココン:あたしたちも一緒。こうして街の復興のために働いてなんとか悲しみを忘れようとしてる。
リント:人の心配ばかりもしてられないわね。
スピン:確かに。
ココン:とにかく積み上げましょう。心に芽生える悲しみはすぐに摘みとって、この塔に積む。そうしていればいつかこの悲しみを忘れられる日もくるわ。
スピン:摘んで、積む。
リント:摘んで、積む。
ノムギ:摘んで、積む。
ココン:摘んで、積む。
4 人:摘んで、摘んで、摘みまくれ!この悲しみという名の染みが心に染み込んでしまわぬように。積んで、積んで、積みまくれ!大地に染み付いた悲しみさえも届かない、はるかに高いあの空に届くように。

ツミキ、再びツムギに話し掛ける。

ツミキ:ツムギ、ほら、土産持ってきたぞ。
ツムギ:・・・
ツミキ:ツムギ。どうだ。外を見てみろ。見えるか?あれが俺たちの新しい街だ。もう昔の街にだって負けちゃいない。あれから俺たちが、何年も何年もかけて積み上げてきた街だ。どうだ、ツムギ?見えるか?
ツムギ:(ぼそぼそと聞こえない程度に)まだ・・・積むのか?
ツミキ:え?なんだ、ツムギ?なんて言ったんだ?
ツムギ:まだ、積むのか?
ツミキ:ああ、積む。積むとも。お前も一緒に積もう?
ツムギ:何のために積むんだ?
ツミキ:街を作るためだ。
ツムギ:新しい街はもう出来たんじゃないのか?
ツミキ:あの塔をもっともっと高くする。
ツムギ:もうやめろ。十分だ。
ツミキ:なんだよ、いきなり。
ツムギ:お前は何のために街を作り始めたんだ?高い高い塔を作るためなんかじゃなかったはずだ。
ツミキ:それは・・・
ツムギ:愛しい人を忘れぬために、その墓標を作るために、お前はこの街を作り始めたんじゃなかったのか?どうして、どうして忘れようとする。
ツミキ:俺が何を忘れようとしているっていうんだ?
ツムギ:あの日を。
ツミキ:違う!忘れようとなんかしてない!
ツムギ:嘘だ!積むことは、積み上げることは、足元から遠ざかることだ。足元に広がるこの大地から遠ざかることだ。あの日、焦土と化したこの大地から、数え切れないほどの命を葬ったこの大地から遠ざかることだ。遠ざかり、遠ざかり、人はいつしか忘れてしまうだろう。燃え盛る8月のある日を忘れてしまうだろう。そして、さらに高く、高く積み上げられたこの塔の頂に、人はいつか必ず大きな大きな罪の木箱を積み上げるだろう。それを積んだとき、積み上げられた塔は崩れ落ち、この街は再び焦土と化す。
ツミキ:じゃ、どうすればいい?俺は、どうすればいい?
ツムギ:積むんじゃない。紡ぐんだ。お前はもう十分に積み上げてきた。これ以上積むことはない。繭の下の見えない蚕を見るように、その眉の下の両の眼で、忘れ去られようとする過去を回顧するんだ。そして、過去を包む繭をやさしく、やさしく解いていく。それがいつしか未来を意図する、その意図になる。過去と未来を繋ぐその糸になる。過去を消すのではなく、過去から生まれる未来を生きていくために、積むのではなく、紡いでいくんだ。

ツミキ、ツムギの使っていた木箱を渡され、紡ぎ始める。
舞台奥で木箱を積んでいた人々もその木箱を持ってそれぞれ位置につき紡ぎ始める。
ツムギはゆっくりと奥の階段へと歩いていきポールの傍らに立つ。
舞台前部では開閉部が開きそこからスモークが立ち上る。なかからシルクが出てくる。

シルク:何を積んでいるんだい?
ツムギ:積んでいるんじゃない。紡いでいるんだ。
シルク:何を紡いでいるんだい?
ツムギ:意図を、未来を意図するその意図を紡いでいるんだ。
シルク:何のために紡いでいるんだい?
ツムギ:あの「火」を消すために。
シルク:「あの日」を消すために?
ツムギ:いや、燃え尽きた八月の「あの日」ではなく、八月のあの日を燃やし尽くしたあの「火」を消すために。

両側から絹のカーテンが引かれ、そこに平和の火が浮かび上がる。ツムギも紡ぎ始める。糸車の音が鳴り響く。

 

 

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